isolation


昨日、ふらっと立ち寄った本屋で、ヤマケイ11月号を見つけた。

「単独行」の文字に、つい(お金もないくせに)買ってしまった。

学生の頃、アルバイトでお金を貯めては、旅行に出かけた。

旅行、といっても、東北の山々をひと月かけて廻ったり、北海道を自転車で2000km走破したり、四万十川をカヌーで下ったり、といったものだった。

サークル活動の一環であったが、思い返せば、グループよりも単独行が多かった。

18の時、初めて一人で山に入った。故郷、傾山~祖母山の縦走である。

僕が初めて山に登ったのは、小学4年、傾山だった。その時は、父に連れていかれた、という思いが強く、嫌々だったように思う。父から強制されるのは反射的に(笑)反発してしまっていたが、なぜか山登りだけは楽しかった。

祖母山にも18で家を出るまでに2回登った。そういうこともあり、最初の単独行に九州山地随一の縦走コースを選んだ。

ところが、人生最初の、命がけの挫折を味わってしまう。


何と、遭難しかけてしまったのだ。

縦走路は距離はあるものの、標高もさほどなく、夏場で、途中に水場もあり,また「知っている」山ということもあり、軽く考えていた。

ところが、あるはずの水場はなく(枯れていたらしい)、体力に自信のあった僕も、想像を越える長距離と気温の高さに脱水症状に陥ってしまった。

水がなくては、食事も出来ない。

そのうち体が動かなくなり、へたり込んでしまった。50m歩いては10分休み、といったことを繰り返していた。

こんなところで死んだら、かっこ悪いよなあと、ぼーっとなった頭で考えたりもした。

結局、地図に乗っていない、林道に下りる道を見つけ(途中に沢もあった)、夜中まで歩いて人家に助けを求め、ことなきを得た。

僕は人一倍、自分が気が小さく、寂しがり屋だと思う。しかし、そんな自分の弱い部分が嫌いだった。山に一人で入ったのも、そんな自分と向き合うためだった。

だが、初めての単独行は、その自分の「うぬぼれ加減」を思い知らされる結果となった。

山は、ただ、そこにあるだけである。山が僕に何をする訳ではない。危険にあうのは、自分が自分を過信した時だ。

それから、経験を積み、各地に出かけ、単独行の楽しみも分かってきた。くだんの縦走路も、単独ではなかったが、仲間3人と翌年、リベンジに成功した。

今でも、一人になりたい時には、近場の山に一人で入る。でも、近場の山でも、アルプスでも、危険の度合いは一緒なのだ。そのことは、決して忘れない。

誰も助けてはくれない。自分だけが頼りなのだ。

大変な経験だったけども、僕にはかけがえのない財産である。


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