カオラックのひとたち


[JMM304F]「カオラックのひとたち」オランダ・ハーグより

今回の春具さんの記事は、生々しい。

先日のインドネシア一帯を覆った大津波で、ご友人が被災され、そのメールを題材にしたものである。

その中身は、テレビで繰り返される映像よりも具体的であり、現場の状況をリアルに伝える。

夫はわたしの腕をつかみ、走り出した。ホテルの食堂は丘の上にあったが、わたしたちはホテルを出てさらに上のほうまで走った。こんなに走ったことはない。わたしは息も絶え絶えになって後ろを振り向くことすらできなかったが、高い波はビーチを越え、ホテルをそのまま襲い尽くしてわたしたちの足元までやってきた。津波の音は、離陸する飛行機の真下にいるかのような凄まじい轟音だった。 (中略)

わたしたちは前夜、ホテルのディスコでスウェーデンのユルゲンという大きな体躯の青年に会った。彼はダンスがうまかったがほとんど英語ができなかったので、わたしたちとビールを飲みながらジェスチャーで会話をした。その彼がいまホテルにいた。体中傷だらけで血を流し、片方の腕は内臓がはみだしたかのようにぐちゃぐちゃになっていた。わたしたちは水をかけて砂を流し、体を洗ってあげた。彼はささやくような英語で「救急車を… 」と繰り返したが、そんな車はなかった。しばらく待った後、トラックが来て、わたしたちは彼を乗せ、トラックは彼を連れていった。

その悲惨な状況の中で、国籍など関係なく、自分の身内よりも、休暇に来ている外国人旅行者(もちろん彼らの方が現地の人より困っているだろうことは容易に想像つくにしても)を優先して助けようとしているタイの方々の姿に、心を洗われる。

日本のマスコミでは、どこの国がどれだけの額の援助を決めたなどという報道しかなされないのに。

わたしたちは、いまもう一度タイへ行こうと思っている。そしてみなさんにも行って欲しいと思う。わたしたちがまた旅行することで、タイのひとたちに仕事ができ、生活が立ち直り、そのことだけでも復興の一助となると思うからである。(中略)

マルレーンは、「わたしは怪我したひとに親身になれなかった自分が許せていない」と話してくれた。わたしも同じ思いを持っていた。怪我人をトラックに送り込むだけでなく、なぜ一緒に乗って彼らと一緒に病院まで行ってあげなかったのだろう… この思いは辛く、いまでも胸を刺している。新年になって、まだあそこに浮かんでいる体があるというのに、シャンペンをすすり、花火をあげるなんて、ほんとに勝手だ。もし、もう一度、こんな緊急事態の経験をすることがあったら、わたしはけっして後で後悔しないような行動をとろうと思う。

わたしたちは、この津波からまったくの無傷で帰ってきた夫婦である。大勢のひとたちに会ったが、わたしたちくらい幸運だったカップルはいない。わたしたちは生きていられて幸せである。同時に、わたしたちほど運が良くなかったひとたちのために涙を流したいとも思っているのだ。


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