09谷川賢作宮崎上陸10周年ツアー

あの谷川賢作さんが宮崎に来られてなんと10年目、だそうだ(実際には以前にも来宮があるらしい)。
うちのお隣さん、綾賢治の学校でのライブは最初のソロを除いてパリャーソでは全て鑑賞。
前々回の綾公演では、当時の商工会青年部長として主催者として関わらせていただきました。
奇しくも僕が独立したのもちょうど10年前。時を同じくして賢作さんも宮崎と深く関わる事になったようです。

さて今回は南九州ツアーではお馴染みとなった続木力さんと山村誠一さんは不参加で(このお二人目当てのファンも多いのですが)、10年目の区切りという事でソロライブとなりました。
・・・の予定だったのですが、この人もぜひ宮崎に行きたい!とオランダ公演をキャンセルして(!)駆けつけていただきました。

さがゆき
いつものゆきちゃん台風も見参です(^^)

さて今回の初日12月2日、鹿児島市吉野の徳田宅にて。
お昼前にツアーマネージャーの絹川さんと綾を出立、鹿児島空港にお出迎えです。
一年ぶりの再会を喜びあって昼食。
15時に徳田さん宅に着くお約束だったので、先を急ぐものの絹川さんのパスツールとオイルの話が思いのほか盛り上がり(?)何と高速の降り口を見過ごしてしまうハプニング。
しかも、折り返した際も危うく通り過ぎそうになってしまいました(笑)なにやってんだか

さて、インターを降りてすぐのサンクス裏、という情報がメンバーに伝わらないままキヌ号は走り、またもや通り過ぎてしまい、一本道を引き返してようやく徳田宅に到着。
この後、もはやいじられキャラとなってしまった哀れな絹川さんが、ツアーを通じてこの二人のまな板の鯉になってしまったのでしたヽ( ゜ 3゜)ノ

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リハの様子。

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この日はスタートからエンジン全開。
いやあ、どこまで行ってしまうやら、特に「ヴェサメムーチョ」は秀逸な出来。どこに飛んで行ってしまうか危ぶまれた「鉄腕アトムジャズバージョン」も無事着地、僕の好きな「湖上」やはり中也の詩による「詩人は辛い」の張っちゃ気振り、そして圧巻のアンコール「パスツールとシークヮーサー」!なんじゃそりゃ!(笑)

初日からそのテンションで大丈夫なのか??!?!

とにかく楽しかったー!
09たにけんツアー5
“アトム”徳田さんとともに。
「第3部」と称した怒濤のカオスセッションに続き、鹿児島名酒「伊佐美」に酔いながら、僕も愛器Godin xTSAとYAMAHA JX30で参戦。
まあ、相変わらずのヘタレでさがさんに途中で投げ出されつつも(^^ゞ「Good bye poke pye hat」やらなにやら。

その日は遅くまでどんちゃん騒ぎをしたあと、山奥の秘湯に身を寄せたのでした。

3、4日は延岡、6日は僕の地元綾町、開業したばかりの「ビオスビレッジごうだ」にて。
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20年ぶりに弾かれた白いピアノ。

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当時は40名の予定だったのですが、蓋を開けてみれば60名超!熱気がムンムン!

僕は会場に入れず(笑)外で聴いて居たので(^^ゞ
こちらも打ち上げは夜中まで続きました。

ツアー最終日6日は、宮崎市内のプロショップ日高にて。
オープニングの賢作さんのソロピアノ3曲は、本当に素晴らしい演奏でした。静と動の、まさしくマリアージュといった趣き。高度にインプロヴァイズされた曲が聞き手のイマジネーションをかき立ててくれました。
続いてさがさんが登場するも、何やら不穏な空気が┌┤ ̄ ̄ ̄~~~ ̄ ̄ ̄├┘
前半は微妙な緊張感の中、進行しました。

気を取り直した後半、何がどうしたんだ!という展開に聴衆は唖然としたのです。

・・・何がなんだか分かりませんよね^_^;
とにかく、ツアーの最後を締めくくるにふさわしい演奏が繰り広げられたことは間違いありません(^^)
ブラボー!

宮崎最後の夜は、とある居酒屋で。
終わり良ければ全てよし。
これに尽きます。よね?賢作さん(^_-)

脳死再論2

“脳死”女性が5年ぶり覚醒、犯人像を供述 2009年11月24日 15:55
韓国で、何者かに首を絞められて脳死と診断された女性(34)が5年ぶりに覚醒(かくせい)して犯人について証言し、容疑者が起訴された。
この事件は04年7月、韓国南部・光陽で、女性が自宅アパートで何者かに首を絞められて脳死と診断されたもの。韓国の検察当局によると、女性は最近、覚醒し、催眠療法による事情聴取に対して、犯人像を供述した。
検察は供述に基づいて女性の夫と交際していた43歳の女を取り調べ、殺人未遂の罪で起訴した。検察は女性に不倫の事実を知られて、殺害しようとしたとみているが、女はこれを否認している。
http://news24.jp/articles/2009/11/24/10148443.html

脳死再論

 http://gigazine.net/index.php?/news/comments/20091125_coma/

2009年11月25日 14時37分31秒

23年間植物状態と思われていた男性に実はずっと意識があったことが判明

1983年11月に自動車事故にあって以来2006年まで昏睡状態にあると信じられていたベルギー人の男性が、実はその23年間ずっと意識があったことが明らかになりました。

事故当時20歳だったRom Houben氏は現在46歳、身体は麻痺(まひ)状態にあるのですが理学療法によりわずかながら運動機能を回復し、コミュニケーション用の特別なコンピューターにより忍耐の23年間を語っています。

詳細は以下から。

Belgian Man Trapped In Coma For 23 Years Was Conscious Throughout

I always knew he could understand, says mother of man locked in ‘coma’ | Science | The Guardian

Mother of Rom Houben who was in a ‘coma’ for 23 years knew he understood every word she said | Mail Online

事故のあった1983年当時ベルギー・ゾルダーの医師たちは国際的に認められているGlasgow Coma Scale(グラスゴー・コーマ・スケール:開眼・言語・運動の3分野による意識障害の評価分類スケール)を用い、再三にわたりHouben氏を診断しました。しかし、Houben氏は毎回植物状態であると不正確に分類されてしまったそうです。

事故前のHouben氏(当時20歳)。4カ国語に堪能な工学部の学生でした。

「周囲の人々に意識がないと思われていると気付いた時、最初は非常に怒りを感じました。しかし我慢することを学ばざるを得ませんでした」と現在46歳のHouben氏は語っています。事故後に意識を回復した時、Houben氏は体が麻痺していることに気付き、医師が言っていることはすべて聞こえるのに、コミュニケーションをとることができなかったそうです。

「叫んでも叫んでも声が出ないのです。夢を見るしかありませんでした」と車イスに搭載された専用コンピューターのタッチスクリーンで語るHouben氏。このコンピューターを使い横になったまま本を読むこともできるそうです。

麻痺は事故後に数分間心臓が停止し、脳への酸素の供給が絶たれた結果でした。「わたしが感じていたものは、フラストレーションという言葉ではとても言い尽くせません」とHouben氏。違った人生を夢見て日々を過ごし、瞑想(めいそう)することで乗り切ったそうです。植物状態は誤診であるということに医師たちが気付いた時には、生まれ変わったような気持ちになったとのことです。

息子に完全に意識がないとはどうしても信じることができなかった母親のFina Houbenさん(73歳)は、3年前に最先端の脳の専門家にコンタクトをとり再検査を依頼しました。リエージュ大学のSteven Laureys博士がHouben氏の脳をスキャンした結果、脳はほぼ正常に活動していて、身体は動かせないものの、Houben氏は自身の身のまわりで起きていることは完全に把握しているということが明らかになりました。

息子は悲観してはいない、とFinaさんは語っています。「彼は楽観主義者。人生から、得られるだけのものを得ようとしているの」

BMC Neurology誌に掲載された論文でHouben氏のケースについて触れたLaureys博士は、「医学の進歩がHouben氏の症例に追いついた」と語り、Houben氏のように間違って植物状態と診断され、なんとか意思を伝達したいと切望している患者は世界中の病院のベッドにいるのではないか、と示唆しています。

Laureys博士らの研究では、植物状態と分類された症例のうち誤診の割合は、現在でも15年前からほとんど減っていないことが明かされています。

研究では意識状態がVegetative State (VS)またはMinimally Conscious State (MCS)と分類された症例について、観察に基づく医療チームの統一見解による診断と、意識状態を神経行動学的に評価する分類スケールJFK Coma Recovery Scale-Revised (CRS-R)による診断を比較しました。その結果、医療チームの総意でVSと診断された患者44人のうち、CRS-Rによる診断では18人(41%)がVCより軽いMCSに分類され、4人(10%)がMCSよりさらに軽症であるということが明らかになりました。

「脳死は人の死か」という議論は友人の医師によるとたかだか数十年のものだそうだ。その程度の知識や論議で「死」という問題に結論を出そうという事自体、浅はかと言わざるを得ない。
念の為断っておくが、ここで論じようとしていることは脳死と植物人間状態の違い云々ということではない。
僕は生き物の生死を科学が本当に解明出来ているのか疑問だ、故に意識がない、反応がない、脳波がないという事が人の死を意味しているのか疑問だ、と言っているのである。
誤解なきよう。

じんましん?アトピー?

 8月の頭から続いている、皮膚疾患。
一旦、落ち着いたかなーと思っていたところ、またぶり返してしまった。

思うに、短パンで草刈りしたからかなー

前より余計にひどくなり、今では顔が凄いことになっています。

まぶたは腫れ上がり、皮がボロボロ落ちてくる。
のどもヒリヒリするし、肺の辺りも熱い気がする。

正直、辛い。

頑張れ、オレ。

イラク戦争とは何だったのか

いまだ続いている、イラクでの戦争。
アメリカのとんでもない言いがかりで始まった、というのは今となっては誰もが知るところであるが、この戦争で日本が果たした役割とは一体何だったんだろうか?

大量破壊兵器を保持しているだろうイラクに対して、テロを撲滅するためにアメリカは兵を進めた。現実には、大量破壊兵器は発見されなかった。
しかし、その真意はイラクの持つ世界最大級の油田の利権である、というのが大方の意見であろう。
そして、日本も憲法を拡大解釈して自衛隊を派遣した。
果たしてそれは平和貢献だったのだろうか?

このドキュメンタリーでは、冒頭からショッキングな映像が続く。
これが戦争というものか。
現場の生々しさが否が応にも伝わってくる。
特に犠牲になった子供達の映像は、真っ向から観ることには大きなエネルギーを必要とした。

彼らは一体何のために死んだのだろう?あるいは取り返しのつかないような怪我をしたのだろう?
誰に彼らにそんなことを科す権利があるのだろう?

このドキュメンタリーを観れば、この戦争がいかに欺瞞に満ち、身勝手なものであるか誰でも感じるであろう。
そして、その戦争に日本も加担したのだ。
アメリカが石油を奪いに行った戦争の手助けをしたのだ。
これは恥ずべきことではないのか?
それが外交というものなのか?

決してイラク戦争は終わったことではなく、他人事では済まされない。
イラク派兵も政治家が決めたこと、ではなくその政治家を選挙によって任命したのは、他でもない我々である。
全て我々が日々の生活の中で、考え行動した結果なのだ。

自分たちの生活のために他人を犠牲にする、そんな選択をしたくない。

自己中社会

 

臓器移植「15歳未満認めるべき」74%…読売調査

6月30日22時36分配信 読売新聞

臓器移植「15歳未満認めるべき」74%…読売調査

 読売新聞社が6月27~28日に実施した面接方式の全国世論調査で、「臓器移植を必要とする子供が国内で手術を受けられるよう、15歳未満の子供でも臓器提供を認めるべきだ」という意見に「賛成」は74%、「反対」は10%だった。

 現行で禁止されている15歳未満からの臓器提供を可能にすべきだとの考え方が多数だった。

 脳死となった人からの臓器提供で、「本人の意思がわからない場合、家族が承諾すれば認めるべきだ」との意見には「賛成」62%、「反対」19%。本人が書面で提供意思を示しているという臓器移植法の条件緩和を容認する人は6割を超えた。こうした条件緩和で、国内での脳死移植は「増えていく」と思う人は74%に上った。

 自分が脳死になった場合、臓器を「提供してもよい」は58%だった。提供意思を書面で示した家族が脳死となった場合、提供を「承諾する」は43%だったが、「その時にならないとわからない」も44%あった。調査は全国の有権者3000人を対象とし、1836人から回答を得た(回収率61・2%)。

最終更新:6月30日22時36分

脳死は人の死か。

このことに対して、いまだ科学的に明確な答えは出ていない。
にもかかわらず、我々はそれを死としようとしている。

これはどういうことか。

簡単に言えば、わが身がかわいいからである。
あるいは、私の愛しい人がかわいいからである。
そのために、死んでいるのかどうか分からない人を、殺そうとしているのである。

その証拠に、臓器提供される側になることを望んでいても、する側にはなることには躊躇する、というのがこの調査の意味するところである。

人間、誰しも自分がかわいいものであるが、しかしそれに対して自己規制のない社会の実態は、果たして幸福なのだろうか。

ちなみに、個人的に脳死は人の死ではない、と考えている。
人は脳で考えるのでもなく、感じるのでもない。ハートで感じるのだ。
脳は、外的信号の処理を担っているに過ぎない。

粗大ゴミ

 

月探査機:「かぐや」月面落下--観測1年半

 各国の月探査機の先陣を切って約1年半、月を周回しながら観測を続けていた日本の無人探査機「かぐや」が11日午前3時25分、月面に落下し役割を終えた。宇宙航空研究開発機構(JAXA)が、受信していた電波の途絶を確認した。かぐやには、約41万人分の名前やメッセージを印刷したフィルムが積まれている。

 かぐやは落下の45分前、月の北極上空約80キロでエンジンを噴射して減速。月の表側の南東の縁付近に落下した。周回衛星を狙った場所に落とすには、精密な地形図や軌道の正確な制御技術が必要で、将来の月面着陸に不可欠。JAXAは「貴重な技術習得の機会」として落下させた。

 JAXAの佐々木進プロジェクトマネジャーは「計算通りの場所に落ちた。ほっとしたが、心にぽっかり穴が開いたような寂しさも感じる」と話した。

 かぐやは月の起源や進化過程の解明を目指し、JAXAが07年9月に打ち上げた。同12月から本格観測を開始し、月全体の精密な地形や地下構造を調べた。月の裏側での火山活動が予想より最近まで続いていたことなどを明らかにした。かぐやの後、中国やインドが月に探査機を送ったほか、米国も18日(日本時間)に月探査機を打ち上げる。

 JAXAによると、月面には、日本が90年に打ち上げた実験衛星「ひてん」を含め、確認できているだけでも約30基が落下しているという。【西川拓】

毎日新聞 2009年6月11日 東京夕刊

ゴミの始末は、誰がするんだべ?

月探査機:「かぐや」役割終える 月面に落下

月探査機「かぐや」が計画通りに落下したことを確認し、拍手して喜ぶ宇宙航空研究開発機構(JAXA)の関係者ら=神奈川県相模原市のJAXA相模原キャンパスで2009年6月11日(JAXA提供)

月探査機「かぐや」が計画通りに落下したことを確認し、拍手して喜ぶ宇宙航空研究開発機構(JAXA)の関係者ら=神奈川県相模原市のJAXA相模原キャンパスで2009年6月11日(JAXA提供)

 各国の月探査機の先陣を切って約1年半、月を周回しながら観測を続けていた日本の無人探査機「かぐや」が11日午前3時25分、月面に落下し役割を終えた。宇宙航空研究開発機構(JAXA)が、受信していた電波の途絶を確認した。かぐやには、約41万人分の名前やメッセージを印刷したフィルムが積まれている。

 かぐやは落下の45分前、月の北極上空約80キロでエンジンを噴射して減速。月の表側の南東の縁付近に落下した。周回衛星を狙った場所に落とすには、精密な地形図や軌道の正確な制御技術が必要で、将来の月面着陸に不可欠。JAXAは「貴重な技術習得の機会」として落下させた。

 JAXAの佐々木進プロジェクトマネジャーは「きちんと計算通りの場所に落ちてくれた。ほっとしたが、心にぽっかり穴が開いたような寂しさも感じる」と話した。

 かぐやは月の起源や進化過程の解明を目指し、JAXAが07年9月に打ち上げた。同12月から本格観測を開始し、月全体の精密な地形や地下構造を調べた。月の裏側での火山活動が予想より最近まで続いていたことなどを明らかにした。かぐやの後、中国やインドが月に探査機を送ったほか、米国も18日(日本時間)に月探査機を打ち上げる。

 JAXAによると、宇宙条約により、他国の活動に被害を及ぼさない範囲で月面への探査機の落下は認められている。月面には、日本が90年に打ち上げた実験衛星「ひてん」を含め、確認できているだけでも約30基が落下しているという。【西川拓】

毎日新聞 2009年6月11日 11時20分(最終更新 6月11日 11時56分)

ほほう。
いろんな言い訳があるもんだなあ。

JUGEM復帰

 ロリポブログで5年。そうかあ。そんなになるか。

7月から、ロリポップを卒業し、チカッパ!移転します。
自分のサイトと、ライフワークのサイトを運営するため。
Joomla!とのデータベースの相性問題でチカッパヘ。

で、

「I’m TK」をどうしようか、と思ったけど、好き勝手なテーマで気ままに書き続けていたので、存続させます。
しかし、チカッパブログというのが恐ろしく使いにくい。てか、初心者向きじゃない。敷居高過ぎ。

でで、

広告は入るものの、着実に進化しているJUGEMに戻ってきました。
これを機にデザインも一新。

よろしく(^_-)

発想の転換

巨大翼竜、本当は飛べなかった?

Tony McNicol in Tokyo
for National Geographic News
April 30, 2009

 恐竜時代に生息していた巨大翼竜(プテロサウルス)が、実際には飛べなかったことを示唆する新たな研究が発表された。長い間、空を飛べる動物としては史上最も重いとされてきた翼竜だが、その定説が覆される可能性が出てきた。

 この研究では現存する鳥類の体重と体の大きさに基づいて計算が行われ、体重41キロ、翼開長5.1メートルを超えると、空中にとどまっていられる速度で羽ばたくことができなくなるという結論が導き出された・・・

そもそも、恐竜の体の大きさで考えれば、あの巨体を現在の地球の環境で維持することも無理がある。
ということは、大昔の地球環境は現在とは違う、例えば重力が小さい、大気の密度が濃いなどの可能性がある。

という風に考えるのが自然じゃないの?
素人でしたヽ( ゜ 3゜)ノ

イスラエル軍の最先端「無人兵器」、ガザ紛争で次々投入

特集 パレスチナ情勢

イスラエル軍がガザ紛争で使用したソフトボール大の球形カメラ(三井美奈撮影)

 【エルサレム=三井美奈】61年前の建国以来、絶えず戦争に直面してきたイスラエルは、自軍の犠牲者ゼロをめざす「無人兵器」の開発で世界の先端を走る。
 空軍力の主力はすでに無人機が担い、1月まで続いたパレスチナ自治区ガザ紛争では、リモコン兵器が多数投入された。イスラエルが目指す「兵士なき戦場」は、未来の戦場の姿を示している。
 ソフトボール大の球形カメラ、30センチ四方のリモコン車――。イスラエル軍がガザ紛争で使用した新兵器は、一見するとおもちゃのようだ。
 「球形カメラを地下トンネルや建物に投げ込めば、昼夜、周囲の映像や音声が送信され、敵の動きをつかめる。リモコン車は偵察用で、爆薬を積んで突撃することも可能。共に市街戦で威力を発揮する」と製造元「ODFオプトロニクス」の開発担当、ヨシ・ボルフ氏は自信たっぷりに話す。
 ガザ紛争は民家や地下道に潜むゲリラ兵との戦いで、軍はこうした兵器で危険を除去して進軍し、制圧地域を広げた。
 空軍はさらに先を行く。国営企業IAIの倉庫には、軽飛行機大から幅1メートルの組み立て式軽量機まで、大小の無人の偵察・攻撃機がズラリ並ぶ。
 100メートル上空の機体が地上操縦室に送る映像は、人の服装や表情が分かるほど鮮明。物体の動きを自動的に追跡できる。標的に狙いを定め、操縦かんのボタンを押して攻撃する仕組みは、テレビゲームそのものだ。
 イスラエル宇宙庁長官で空軍開発部門の元責任者、イツハク・ベンイスラエル准将は、「2006年夏のレバノン紛争では、軍の無人機の飛行時間が有人機を初めて上回った。ガザでは無人機への依存が一層高まった」と指摘する。
 イスラエルが無人機開発に着手したのは、中東戦争さなかの1970年代にさかのぼる。当時の人口は約300万。総人口2億のアラブ諸国に対抗するため、兵力の損失回避は最大の課題だった。有人機より軽量で安価なうえ、数十時間の連続飛行が可能だ。イスラエル製は米軍や仏軍も採用し、インド、韓国など世界中に販路を広げている。
 紛争が正規軍同士の戦いから、ゲリラとの局地戦に移行したことも需要拡大の背景にあり、アフガニスタンのタリバン攻撃にも使われている。米議会調査局によると、イスラエルの武器輸出額は世界7位の108億ドル(約1兆800億円、00~07年の契約ベース)となった。

 ◆民間人の犠牲変わらず◆

 ただ、リモコン兵器の影響は未知数だ。准将は「無人機は小さな音で標的に接近できる。民間人の誤射も減らせる」と話す。
 だが、世界保健機関(WHO)の報告では、ガザ紛争の死者約1300人のうち、約500人は女性や子供だった。イスラエル軍の主張通り「民間人の死者は全体で約300人」だったとしても、攻撃の精度に疑問は残る。
 ガザで無人機攻撃によって3歳の娘を失った父親は、「連中は安全な場所で菓子をつまみながら、リモコンで爆撃している。腹立たしくてたまらない」と怒りをあらわにする。攻撃される側の屈辱感は大きい。
 それでも、ボルフ氏は「50年後にはリモコン操作すら不要になり、敵を自動で攻撃するロボット戦争の時代が来る」と予測する。戦闘員は最新兵器で身を守り、防御の手段を持たない民間人だけが取り残される……。これが未来の戦場の姿かもしれない。(2009年4月22日10時12分 読売新聞)

ターミネーターの時代は近い。

徒然なるままに

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