時代が角を曲がるとき


今日の宮崎日々新聞、「戦後60年と新たな戦前/辺見庸」を読んで。

辺見さんに関しては、「もの食う人々」「反逆する風景」「ゆで卵」「夜と女と毛沢東(吉本隆明氏との共著)」が既読である。

この人の言葉には、容赦がない。研ぎすまされた感性で、世の中を睨みつつ、言葉のマシンガンをぶっ放す。ただのスケベではない。

歴史というのは、それを深く意識する者の眼前にしか生々しくたち現れないものだ、と史家はいう。何気ない日常の風景にいち早く変調を読み取ること、それが歴史を見る眼だともいわれる。とすれば、区切りのいい周年を歴史の転換点のように語るのは、もっともらしいけれども、かえって怪しい。

数えやすい周年をきっかけにして「時代の趨勢」が論じられるとき、実のところ、時代はつとに曲がり角を曲がっており、論者は決まって趨勢を正当化しようとする。自衛隊派兵やむなし,改憲やむなし、と。さても危うくなくはないか。

1995年,マスメディアはこぞって大々的な戦後50年企画を組み,国会は「不戦決議」を採択したけれども,それらが不戦平和への再出発につながったなどと,今は誰も考えていない。(中略)

左(幸子。故人,女優)さんによれば「どちらも人々が自分の頭で粛然として考えた結果ではなく,気分で踊った面がある。日本人って何か旗を揚げるとドカーッと大騒ぎして何も考えないでバーッと行くところがある。だから誰も責任を取らないの。」

今また戦後60年。“戦後還暦”だそうだが、私はこの語感を好まない。どこか「戦後からの卒業」と言った口吻が感じられるからだ。だが,私たちは戦後からの卒業資格をいったい,いつ,誰から取得したというのだろう。

このあと,辺見さんは小泉首相が憲法をいかにイラク派遣の口実に利用したか(しかも曲解して)を説いて行く。正直なところ,僕は法律には明るくない。しかし,今回のイラク派兵がこれまでの戦後の歴史の中で,いかに異質なことかは,感じられる。

憲法に反する,という以前に、本当に人道的なものなのか。どうしても、そうは思えない。本当にイラクの人々のためを思うのなら、小泉さんはブッシュ大統領にイラク出兵を思いとどまるように助言しただろうか。

日米安保条約を改定した故岸信介首相でさえ「自衛隊が日本の領域外に出て行動することは一切許せません」と明言しているに、イラク派遣を積極推進し、その論拠をあろうことか平和憲法前文に求めていく。「国家としての意思」「日本国民の精神」が問われているとまで首相が言いつのる。

「国家の意思」=「国家のエゴ」。国家のエゴを満たすために、「人道的」だ、という大義名分を振りかざすことが「日本国民の精神」である、と海外の人々に誤解されるのは堪え難い。

哀しむと哀しまざるとにかかわらず、これが戦後60年の日本の自画像である。戦後の卒業どころか、終戦から時を経るごとに“新たな戦前”に近づいている趣きさえある。安易な戦後の解消を目論めば目論むほど、逆に戦後の呪縛に深くはまっていくというパラドクスがここにある。

私たちは果たしてどこに行こうとしてるのだろう。いや、どこに赴くべきなのだろうか。進むべき道筋を知るには、これまでの道程を振り返るに如くはないだろう。

戦後生まれが人口の三分の二にもなったそうだ。現在のきな臭さを語ろうにも、戦前、戦中との比較を体験的にできるものは少ない。「ドカーッと大騒ぎしてバーッと行く」性向をかろうじて制してきた憲法も、かつてない危機に瀕している。寄る辺ない行く末の道標は、この先にでもなく、来し方に学ぶことからしか見えてこないだろう。

そういえば、今日はブッシュ大統領二期目の就任式が執り行われた。かかった費用は、およそ41億円、らしい。19時のNHKのニュースでは、インドネシア津波関連の報道が長かったとはいえ、ほんの10数秒の扱いで、カメラのカットの編集はあからさまに皮肉っていた。


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