【眼光紙背】流産させる会という、他愛のない子供のイタズラについて

http://news.livedoor.com/article/detail/4085588/

著者によると、

「流産させる会」という名称はショッキングではあるが、その内容は他愛もない子供のイタズラに過ぎないと私は感じている。

だそうだ。

中学一年生と言えば、確かに、まだ子供と言えるだろう。

しかし、小学一年生とは違う。

いたずらで、「流産させる」ために「ミョウバン」を使うといったチエを持つ存在である。

そういった「チエ」を持ちながら、そのような「イタズラ」をすることに対して何ら危機感を持ちえない著者に違和感を感じずにはおれない。

子供はある意味陰湿な存在であるけど、それも精々が小学生くらいまでのことで、中学校までそんなことを引きずっている連中は少し前までは、それこそ仲間内に子供扱いされていたものだ。

まして性教育にまで想像が広げるのは、勝手と言えば勝手だけど、あまりに穿った見方なんじゃない?

ただし、努々忘れてならないのは、彼をあたかも社会の“異物”のごとく扱うのではなく、間違いなく我々の社会の一部であり、彼らを産み出したのは我々“大人”である、ということである。

一方的かつ圧倒的な暴力

先日、森沢典子さんの講演会に出席して来た。

そこで、パレスチナの生の現状を教えていただいた。

どういうタイミングか、今日、宮崎日々新聞紙面より。

「妊婦撃てば2人殺害」

 兵士が人命軽視Tシャツ

イスラエル

 【エルサレム24日共同】アラブ人妊簡に銃の照準を合せた絵に「一発で二人殺害」の文字ー。イスラエル軍兵士が部隊の仲間内で、パレスチナ人の生命を軽視するような図柄のオリジナルTシャツを作って着用していることが24日までに、イスラエル紙ハーレツの報道で分かった。

 照準の中に少年を描き「小さいほど難しい」と書かれたTシャツもあり、兵士の一人は「子どもを撃つのは道徳的に問題で、また標的として小さい(から難しい)」という意味だと解説した。シャツを町中で看れば非難されるため、軍務時に著用しているという。

 兵士や士官はこうした絵柄について「本当に殺そうと考えているわけでなく、内輪の冗談」などと説明。同紙は一方で「2000年のパレスチナとの大規模衝突以降、イスラエル世論が右傾化し、兵士の間でパレスチナ人の人権を無視する傾向がみられる」とする社会学者の話も伝えた。軍報道官は同紙に対し「兵士が私的に作ったものだが、軍の価値観と相いれない」として、かかわった者の処分を検討する方針を示した。

イスラ工ル紙ハーレツが掲載した、アラフ人妊婦(左)と少年の絵柄のTシャツの写真(共同)

「道徳に問題」と分かっているに関わらず「内輪の冗談」と開き直っているところに、背筋が凍り付く。
国内のメディアからの発信ということに、少しばかりの希望を見る(本来当たり前なんだけど)。
同じく海外ニュースページの記事。

カディマ連立交渉拒否

     -イスラエルー

新政権発足は来週へ

 【エルサレム24日共同】イスラエル総選挙後に首相候補に指名された右派リクードのネタニヤフ党首による連立交渉が難航している。第一覚の中道カディマはリクードのパレスチナ和平交渉反対を理由に、連立のラブコールを拒否。右派や中道左派との交渉が続いており、政権発足は法定期ぎ込む公算が大きい。
 2月10日の総選挙では、定数120のうちカディマ(28議席)が第一党、リクード(27議席)が第二党となったが、ベレス大統領は過半数を占める右派勢力の6党が支持したネタニヤフ氏に組閣を指示。同氏は1996~99年に首相として率いた右派連立政権が、和平を推進する米国との対立などで安定しなかった教訓から「大連立」が望ましいとして、カディマにまず連立を要請した。しかしカディマ党首のリブニ外相は、パレスチナ国家樹立による「二国家共存」を目指す和平交渉の継続を主張。ネタニヤフ氏は「治安能力がないパレスチナの国家樹立には反対」と譲らず、物別れに終わった。
 ネタニヤフ氏は第三党の極右「わが家イスラエル」(15議席)など右派陣営と連立で合意する一方、先週になって第四党の中道左派、労働党(13議席)に好条件の閣僚ポストを提示した。同党のバラク党首はリクードと連立条件で基本合意。ただ同党の国会議員13人のうち7人は「連立に入っても与党の投票行動に従わない」と表明、労働党の参加が与党を安定させる効果は期待外れになりそうだ。

どうやらイスラエルも日本と同じくねじれ国会の様子。
しかし、問題の深刻さは日本以上。
イスラエルの人々の良心に期待したい。

哀愁のヨーロッパ

評価:
Pat Metheny & Anna Maria Jopek
Nonesuch
¥ 1,047
(2008-10-07)
コメント:ポーランドの歌姫とパット・メセニー奇跡の邂逅。パット本人が参加。

先日、親戚の法事で高千穂に久しぶりに出掛けて来た。

冬の高千穂は、南国宮崎に似合わず山肌に雪を見る。

R218を延岡より五ヶ瀬川沿いを、九州山地の懐を目指して車を走らせる。
北方より、山手に道は進み、日之影に入る頃には深い谷の上部を走るようになる。

その辺りから、ちらほら、雪も見え始めた。

往路はまだ雪は降っていなかったものの、高千穂に入った途端、谷向こうの山の影になった数件ほどの集落の上に、一日溶けずに残っている雪を見た。

この風景を見ると、まだ訪れたことのないヨーロッパを思い浮かべてしまう。
北イタリアからスイスに入る辺りの峠越え、あるいはピレネー山脈辺りか。

Animage
Dan Barta-Illustratosphere

折しも、カーステレオからはこのアルバムが流れていた。

チェコを代表するシンガーの2008年発表の3rd。
スティングを髣髴とさせる声質。
しかし、実力は引けを取らない。
このアルバムからはバンド名義となった、バックミュージシャンとの相性も抜群に良い。
ジャズを基本としながらも、ロック、ファンク、民族音楽を巧みに取り入れた楽曲は、真のプログレと言えよう。

特に、「Naokoland」「 GEIST ARBEITET」は独特のメロディセンスが爆発した佳曲。

Dan Barta & Illustratosphere-Diven�

この曲は2ndのものだけど、スタジオ盤とはまったく違うアレンジで聴かせてくれる。
素晴らしいパフォーマンスは往年のP.F.M.を髣髴させる。

特筆すべきはパッケージ。

LP時代のミュージシャンが、ジャケットを含めたトータルアートとしてこだわった姿勢を受け継ぎ、1stアルバムからライブ盤を含め4枚のアルバムデザイン全てが素晴らしい。

特にこの3rdではケースまで特殊な形で、昔で言えば変形ジャケットというところか。

ぜひ一度手に取ってみて欲しい。

Upojenie

Pat Metheny & Anna Maria Jopek

続いて流れて来たのは、ポーランドの歌姫。

2002年に発表され、発売後僅か1ヶ月で8万枚を売り上げ、ポーランドのアルバム・チャートで7週間連続1位を獲得という快挙を成し遂げた名盤。

パットのカバーを中心にし本人もギターで参加しているが、紛れもないアンナのアルバム。

彼が肩入れするのも、よく解る。

名曲「Are you going with me?」が、あのカラーを損ねることなく、ミズーリの大地から一気に東欧の冷たい空気の透き通った空の下へ運んでくれる。

近しい人を亡くした哀しみが、静かに僕の中に広がっていった。

小さい頃、よく祖母に連れられ遊びに行った家に着く。
この辺りでは、今でも自宅喪が普通だ。
お通夜のあと、本葬の時にはついに吹雪いて来た。

町外れの火葬場でお骨を拾った後、小雪の舞う国道で帰路についた。

微笑と虐待 ~証言 アブグレイブ刑務所事件~

昨日17日放送のNHKスペシャル。

微笑と虐待~証言 アブグレイブ刑務所事件~

衝撃的な内容だった。

世界を震撼させ、一気にブッシュ政権のイラク政策を窮地に追い込んだ、「アブグレイブ刑務所虐待事件」。

覚えておられる方も多いでしょう。

当時、「虐待の女王」などと呼ばれ後に軍法会議で有罪・不名誉除隊になった元上等兵への、判決後初の単独インタビュー。

虐待の存在を、「報復」を恐れながらも内部告発に踏み切った元憲兵。

当時、イラクでの刑務所を一括管理し責任者であった元准将へのインタビュー。

それらの中から暴き出されたのは、ブッシュ、ラムドフェルド、チェイニーらから「7つの腐ったリンゴ」と揶揄された公開された虐待写真に“参加した”兵士らは、サスペンス映画さながらに「捨て駒、トカゲのしっぽ切り」であったという真実。

ブッシュらは、虐待の存在を忌むのではなく、「写真の存在」自体を苦々しく思っていた。

虐待は日常的に行われ、しかもそれは上官(なんと民間の軍事会社、CACIインターナショナルから派遣された拷問の専門官)の命令によって行われ、“虐待の女王”イングランド元上等兵は「何のために尋問されるのか分からなかったし、まさか裁判にかけられるとは思っていなかった。なぜなら命令だったし、自分は写真撮影に参加しただけだったから」

ジュネーブ条約すら無視した、軍、だけでなくブッシュらの狂気。

更迭された田母神氏(彼の幼稚な思考、行動も驚いたが)が可愛く思えるくらいだ。

今、何を信じればいいのか。

旧アブグレイブ刑務所での虐待に民間軍事会社が加担、裁判で明らかに

平気でうそをつく人たち~虚偽と邪悪の心理学~

平気でうそをつく人たち―虚偽と邪悪の心理学

平気でうそをつく人たち―虚偽と邪悪の心理学

M.スコット ペック,M.Scott Peck,森 英明

古い友人の書評に惹かれて、図書館から借りてきた。

アメリカの心理学者がその経験から「邪悪なるもの」を心理学的に考察したものである。

著者の言う「悪」とは、「自己愛由来の嘘」である。

本には臨床例も載っているが、そこに登場する“患者”はごく普通に身の回りに居そうな人たちである。しかし、おそらくは無意識に距離を置こうとしてしまう類いの人物である。

では、その「悪」は自分の中には無いのか、といったらそんなことは無い。

誰の中にもあるものなのだ。

「邪悪な人間とは?」

邪悪な人間は、自責の念ーつまり自分の罪、不当性、欠陥に対する苦痛を伴った認識ーに苦しむことを拒否し、投影や罪の転嫁によって自分の苦痛を他人に負わせる。自分自身が苦しむかわりに、他人を苦しめるのである。彼らは苦痛を引き起こす。邪悪な人間は、自分の支配下にある人間に対して、病める社会の縮図を与えているものである。

邪悪な人間が、その特有の外見を絶えず維持するために必要としている精神的なエネルギーは、どれほど大きなものだろうか。おそらく彼らは、少なくとも最も健全な人間が愛の行為に注ぐと同じ程度のエネルギーを、そのひねくれた「合理化」や破壊的な「補償」に費やしていると思われる。なぜだろう。何が彼らにとりついているのだろうか。何が彼らを動かしているのだろうか。基本的にはそれは恐怖である。彼らはその見せかけが破れ、世間や自分自身に自分がさらけ出されるのを恐れているのである。彼らは、自分自身の邪悪性に面と向かうことを絶えず恐れている。

邪悪な人たちのナルシシズムは、この共感の能力を全面的に、あるいは部分的に欠いていると思われるほど徹底したものである。(中略)

こう考えると、彼らのナルシシズムは、それが他人をスケープゴートにする動機なるというだけでなく、他人に対する共感や他人を尊重する気持ちから来る抑制力を奪うという意味からも、危険なものである。邪悪な人たちのナルシシズムは、彼らが自分のナルシシズムに捧げるためのいけにえを必要としているという事実に加えて、自分のいけにえになる相手の人間性をも無視させるものとなる。ナルシシズムが彼らの殺人の動機となるだけでなく、殺しという行為に対する彼らの感覚を鈍らせてしまうのである。ナルシシストの他人に対する無神経さは、共感の欠如以上のものにすらなりうる。ナルシシストは他人を「見る」ことすらまったくできなくなることがある。

驚くことに、著者はこの「邪悪なるもの」は病と定義でき、将来的には治療可能だというのである。

そして、個人の「悪」だけでなく集団の「悪」にまで考察は及ぶ。

著者の言う「悪」は、僕の中にも確実に存在し、おそらく全ての人間の中に大なり小なりあるものだろう。

それだけに、衝撃的な内容ではあるが、人は変わることができ、そのことによって「進化」できるのだという著者の言葉は救いになる。

浦沢直樹さんが「MONSTER」「PLUTO」で描きたいことに、本書が大きく影響を与えたろうことは想像に難くない。

ちなみに、英語で“悪(evil)”は、“生(live)”の綴りと全く逆だそうだ。

ひぇー×35

「日本浄土」藤原新也

日本浄土

日本浄土

藤原 新也

いよいよ“フジワラワールド”も佳境に入ってきたか。

佳境、と言っても藤原さん個人の人生のこと。

若い感性が、まさしく鋭いナイフのごとき「印度放浪」から40年近く。

様々な旅を続けながら、混迷の世を生き抜く力を模索し、その姿勢と視点は多くの読者の指標となってきた。

近作は、老境に入りつつある作者の悟りにも似た(あきらめ、とは違うなあやはり)優しい文章と写真が多くを占める。

老人が昔話を懐かしむ、人によっては藤原新也らしくない、と敬遠する向きもあるかもしれないが、藤原さんだって人間なんだもん。

むしろ、昔話を出来るのはそれだけ歴史を積み重ねた人が出来る特権だ。還暦以下は昔話などを楽しむべきではない。

昔話を楽しめる、そんな大人になりたいなあ。

(もちろん、昔は良かった的な話を酒の席でされてうんざりすることはあるけれど、それとは次元の違う話。)

いや、伝家の宝刀は錆びずにきちんと鞘に納められている。

それは自身のホームページにあるブログで確認出来る。時々は、ぎらりと我々の喉元に突きつけられる。

きむら

今年の3月、金沢を旅行した。

おそらくは同じ頃、藤原さんも彼の地を訪れている。

同じ時期に、同じ場所に立ち、同じ視点で撮った写真。

しかし、さすがは藤原新也。

僕の写真とは観点が微妙に違う。

僕は、その看板自体を面白いと思い、彼は看板を含めた古都金沢を、少し引き気味の構図で切り取る。

さすが。

(僕も確か手前の石畳も入れたかったのだけど、看板の文字が小さくなることを懸念してアップにしたんだよな)

そして、尾道の養老温泉の部屋の、床の間の写真。

こんな写真はなかなか撮れまい。

これまでいろんな刺激を受け、読者にもいろんな刺激を与えてきてくれた彼だからこそ、何気ない日常が幸せなんだよ、それこそ本来大事にしないといけないものなんだよということを、本当の意味で教えてくれる気がするのは僕だけだろうか。

トーマト

トマトです。

とまと

嘘偽りございません。

ホントに、ただのトマトです。

うちで取れたものです。

あまりに、色が鮮やかで。

ついポチッとしてしまいました。

マクロで取ったら、思いっきりぶれてしまいました。

そんなことはこの際、些細なことなんです。

どうです?きれいでしょ?

味ももちろん、甘い!

日常の、小さな、感動でした(^_-)

トーマト(紙ジャケット仕様)

トーマト(紙ジャケット仕様)

イエス

ちなみに、こちらは世紀の誇大妄想バンドの最高駄作と言われているものです。

いや、僕はこのバンド、愛しています。

でも、このアルバムは聴いたことがありません。

カリオストロの城

ルパン三世 - カリオストロの城

ルパン三世 – カリオストロの城

山田康雄,モンキー・パンチ

小学校5年生くらいだったでしょうか。

子供の頃から映画が好きで、あの頃は夏休みになると友人とバスに乗って街中にあった映画館(当時は田舎の小さい町にも10件近くあった。ビデオもない頃ですから)にわくわくしながら行ったものです。

その日は、かねてからの話題作「レイズ・ザ・タイタニック」を観に行こうと、今はもう無くなってしまった映画館に渋る友人と出かけました。

小学生が町に出て行く、というのはちょっとした小旅行の様なもので、しかも映画料金を払うということはかなりの贅沢でした。

ですから僕たちはかなり意気込んで出かけた訳です。

しかし、いざ映画館に着き料金を払おうとすると、窓口のおぢさんから

「子供が観るもんじゃねえ」

みたいなことを言われて、同じ建物の中にある別の番組を勝手に押し付けられたのです。

・・・子供心に、かなり悔しかったのをよく覚えてます(笑)

で、仕方なく観たのがウルトラマンと「カリオストロの城」。

まあ、僕も悔しさからか「こんな子供が喜ぶ様なヤツなんか観れるかよ!」と思いつつ(笑)、何も観らずに帰るのも嫌だったので見たんですが。

これが。

帰るときにはすっかり「カリオストロ」漬け。

ウルトラマンは忘れましたが。

当時は「コナン」を作った人と同じなどとは知らず、オリジナルのルパンとの違いもあまり気にならず、ただただ、興奮しておりました。

いやあ、昨日テレビで10年以上ぶりに観て、童心を思い出しました(^_-)

そういえば、「レイズ・ザ・タイタニック」。

まだ観てないや。

男子テニス:錦織圭、日本男子で16年ぶりツアーV

男子テニスのデルレービーチ国際選手権は17日、米フロリダ州デルレービーチでシングルス決勝が行われ、世界ランキング244位の錦織圭(にしこり・けい)=IMG=が、同12位で第1シードのジェームズ・ブレーク(米国)に逆転勝ちし、日本男子として史上2人目のツアー制覇を果たした。

毎日jp

すげぇーよ!圭!

前々から噂の天才少年、ついに来ましたね!

テニスマガジン付録DVDで観たことありますが、ううむ、凄い。

今年は「テニスの王子様」だな(^_-)

徒然なるままに

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